日本医師会は、5月21日の記者会見で、「新たな健診の基本検査の基準範囲(日本人間ドック学会・健保連)に対する日本医師会・日本医学会の見解」を明らかにしました。
見解は次の通りです。
本年4月、日本人間ドック学会および健康保険組合連合会は、両団体で設置した「検査基準値及び有効性に関する調査研究小委員会」(以下、小委員会)がとりまとめた「新たな健診の基本検査の基準範囲-日本人間ドック学会と健保連による150万人のメガスタディ」を公表した。
同報告によれば、人間ドック受診者約150万人のデータから、約34万人の「健康人」を抽出し、そのなかから7分の1をランダムに抽出したうえで統計的な異常値除外処理をした約1万~1万5千人(超健康人・スーパーノーマルの人)の検査値から、新たに血圧、BMI、血糖、コレステロール等、27項目の基準範囲を設定したとしている。
一例をあげると、
・収縮期血圧:従来基準値=129mmHg
今回の報告=下限88mmHg、上限147mmHg
・拡張期血圧:従来基準値=84mmHg以下
今回の報告=下限51mmHg、上限94mmHg
と従来の基準値から大きく変化している。
これらの結果について、新聞、テレビをはじめ多くのメディアがとり上げ、「血圧147は健康」などと報じ、国民にとっては、各検査値に2種類の基準値が示されたこととなり、医療現場は大きな混乱を来している。また、今回の新たな基準範囲の設定と公表により、関係学会も困惑しそれぞれ見解を出している。
そもそも今回の報告書によれば、「今回設定した基準範囲は各専門学会が推挙する基準値とは定義や設定方法が異なるので、同一には比較できない」としながらも、一方で「今後健診機関の共用基準範囲として健診の場で用いられることが期待される」としている。
基準値は、従来各専門学会が諸外国などの基準値なども参考にしながら、日本人の身体的特性を考慮し、例えば、血圧値、コレステロール智等では、将来起こりうる心血管病(冠動脈疾患や脳卒中)発症のリスク評価を行った久山町研究、大迫研究、NIPPON DATA80などの長期コーホート(前向き追跡)研究などにより十分な検討を経て設定されているものである。
また、各学会が示している基準値は、必ずしもこれに該当しなければ一律に薬物治療などの「要治療」に該当するとしているわけではなく、個々の患者の病歴、家族歴、運動や食事、喫煙、飲酒などの生活習慣なども考慮して、それぞれの医師が治療を含めた方針を決定するための指標である。
今回人間ドック学会が個々の基準値について関係専門学会と事前の十分な検討・協議もないままに唐突に新たな値を公表したことは、多くの国民に誤解を与え、医療現場の混乱を招いている実態を鑑みても、「拙速」と言わざるを得ない。
小委員会が公表した報告書には、本研究の特徴として150万人の人間ドック受診者の検査データを分析した「今までになくエビデンスレベルの非常に高いデータ」と記載されており、たしかにメガデータであることは間違いないが、リスク評価のできない大規模横断調査であって、決して将来の疾病発症を予測できる前向き追跡コーホート研究でないことから、エビデンスが高いとは言えないものである。さらに、報告書の後段には「したがって今回の基準範囲の人間ドックに於ける運用に関しては今後の本学会及び健保連にて充分議論した後に進めていくべきと考える。さらに、今回のいわゆる健康人のデータを5~10年間追跡調査を行い、基準範囲の妥当性を検討する必要がある」と述べているように、疫学的にも予防医学的観点からもエビデンスを確定したうえで公表すべきで、そのエビデンスの判断を関係学会と検討することは当然である。
具体的には、今回「健康人」と定義した対象者について、その後の各検査値の変化等を検証することや、「健康人」以外の人間ドック受診者について、医療の介入の有無による影響等(罹患率や死亡率、介護度などのエンドポイント)を的確に把握し疾病発症リスクを算出することである。
また、今回の報告書では、新たな基準範囲の設定の目的を「人間ドック健診の有用性をより明確にし、多くの加入者の生活の質の向上と医療費適正化に資する」ことと明記している。
医療費の適正化は、適切な健診受診等により「結果」として派生するものであり、適正化自体を目的とした基準範囲の設定であれば、本末転倒と言わざるを得ない。
言うまでもなく、健診の意義は、疾病やそのリスクの早期発見であり、適切な医療等の早期介入により、個々人の健康の維持・増進を図ることにある。
各メディアにおかれては、このことを十分に理解したうえで適切な報道をお願いするとともに、人間ドック学会と健保連におかれては、早急に日本医学会、関係専門学会等との十分かつ慎重な検討を行うなどの対応を求めたい。
http://www.med.or.jp/